再現年度・1999年
大商大から横浜にドラフト2位で入団。
1993年のルーキーイヤーから横浜退団の2010年までの長きにわたって横浜の外野手・一塁手として活躍。
再現年度の1999年は規定打席に到達とまではいかなかったものの112試合に出場して打率3割をマーク。
本塁打も1994年以来の二桁を放った。
又、この年はチャンスにも左投手にも強さを発揮した。(得点圏打率.354・対左投手打率.382)
2010年は前年の114試合出場から僅か10試合出場と試合数が激減、戦力外通告を受け中日に移籍した。
中日では主に代打などで出場したが、オフに自由契約となり現役を引退。