再現年度・1997年
1997年成績
34試合 10勝12敗0S 160回 143奪三振(奪三振率8.44) 被安打173(被打率.281) 防御率4.73 WHIP1.68
東北福祉大→中日(1995年D2位)→大阪近鉄→横浜→巨人→SKワイバーンズ→サムスン・ライオンズ→伊達聖ヶ丘病院
1998年は先発ローテーションに定着して初の10勝。
鋭い落差のあるフォークで、三振を奪っていきこの年は先発投手としては比較的高い奪三振率を記録。
又、得点圏被打率.247とピンチの場面にも強かった
しかし、コントロールが悪く96四球(与四球率5.40)、荒れ球で10死球と共にリーグワースト。
立ち上がりも課題となり、先発26試合で3回までの自責点は48だった。(防御率5.86)
その為、シーズン終盤には中継ぎにも回っている。
翌年は安定した成績を残し、中日で活躍した後は近鉄、横浜などで活躍。
2012年限りで現役を引退。
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