再現年度・1996年
和歌山県立日高高校中津分校からドラフト3位で入団。
初の分校出身者としての指名も話題になった。
入団当初はキャッチャーとして入団も、強肩強打を活かすために外野手へコンバート。
1996年は自己ベストの28本塁打57打点。
安打の半分以上の58安打(内野安打3本含む)を引っ張り方向へ放っている典型的なプルヒッターでもあった。
ガタイの良い体格ながらも俊足の持ち主で、同年は16盗塁をマーク。
外野守備も5補殺を記録(前年92試合で6、翌年45試合で5)
後に椎木匠とトレードでロッテへ移籍。
2006年オフに現役引退、2020年からは東北楽天ゴールデンイーグルスの二軍打撃コーチを務める。