義烈の道楽とパワプロ2020作成選手公開blog

ご覧頂き、ありがとうございます。このブログでは、過去にNPBに在籍した選手を実況パワフルプロ野球2020サクセスで作成し、公開して行きたいと思っています。作成する選手は90年代から現在に至るまでの日本人・外国人選手です。可能な限り能力を再現して行こうと思いますが、再現出来ていない所についてはご容赦頂ければと思います。又、以前やっていたYahooブログがいつのまにか閉鎖された為、こちらで日常や趣味などを引き続き綴って行きたいと思います。

パワプロ2020【ヤクルト】田畑一也

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再現年度・1997年

 

1997年成績

26試合 15勝5敗0S 170.1回 83奪三振 防御率2.96

 

田畑建工(実家の家業)からドラフト10位でダイエーに入団。

 

試しにテストを受けて合格、入団した経緯を持つ。

 

しかし入団後プロの壁は厚く、ダイエー在籍4年間で僅か2勝に終わる。

 

1995年オフにトレードでヤクルトに移籍すると移籍一年目から二桁勝利、その活躍ぶりから「野村再生工場の最高傑作」と呼ばれた。

 

再現年度の1997年は最多勝争いを演じて見事15勝をマーク、同年は古田敦也と共に最優秀バッテリー賞を受賞した。

 

この年は被打率こそ.255だったが、ここぞのピンチでは得点圏被打率.209と押さえ込み、好成績を上げる要因になった。

 

又、制球力も良く、与四球率は2.27だった。

 

しかし、翌1999年以降は故障に悩まされるようになり晩年は巨人で中継ぎとして活躍。

 

2002年途中で現役を引退、2020年現在はBCリーグ富山GRNサンダーバーズの監督を務める。

 

パワプロ2020【ヤクルト】古田敦也

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再現年度・1997年

 

トヨタ自動車からヤクルトに1990年に入団。

 

NPBを代表する日本一の捕手として引退する2007年まで活躍。

 

再現年度の1997年は打率3割を記録、一発もあり、右にも左にも安打を放った。(右49本 中52本 左47本)

 

積極的に打ちに行きながら(ノーストライク時.421)、選球眼も良く69四球を数えた。

 

それ以外にもチャンスや左投手にも強かった。(同年の得点圏打率.374対左投手打率.380)

 

又、この年9盗塁(成功率.692)、内野安打16本を記録するなど足も速い捕手としても名を馳せる。

 

守備に関しては5度目のゴールデングラブ賞を受賞、盗塁阻止率.456で3年ぶりのリーグトップに返り咲いた。(同年は田畑一也と最優秀バッテリー賞を受賞している)

 

現在でも絶大な人気を誇り、野球解説のみならず、タレント業でも活躍している。

 

パワプロ2020【近鉄】大村直之

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再現年度・1998年

 

育英高校から近鉄に入団。

 

一年目はファームで経験を積み、二年目から一軍に定着。

 

再現年度の1998年には133試合出場。

 

右に左に打ち分ける打撃(左41安打 中50安打 右34安打)でついに初の打率3割をマークし、ベストナインを獲得している。

 

守備では10捕殺、僅か1失策で初のゴールデングラブ賞を受賞、初尽くしの一年となった。

 

三塁打7本、23盗塁(盗塁成功率.766)、内野安打37本と走塁面でも多いに活躍。

 

繋ぎ役としても21犠打を記録している。

 

その後も非力だったパワーをつけて行き、いてまえ打線の核弾頭として活躍、球団が吸収合併された翌年はソフトバンクに移籍した。

 

晩年は村松有人との交換トレードでオリックスに移籍、2010年は戦力外通告を受けて現役を引退。

パワプロ2020【日本ハム】広瀬哲朗

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再現年度・1996年

 

本田技研(現Honda)から日本ハムに入団。

 

果敢なヘッドスライディング、闘志溢れるプレーからついた名前は「ガッツマン

 

守備もうまく、ショートではゴールデングラブ賞を受賞しているが、田中幸雄がショートにコンバートされるに伴い三塁へコンバートしている。

 

パフォーマンスも多く実行し、優勝争いの最中チームを鼓舞しようと一軍昇格を当時監督の上田利治に直訴するなどチームのムードメーカーでもあった。

 

再現年度の当時でも走力はまだ健在で8盗塁(盗塁成功率.800)、内野安打11本を記録している。

 

バントもうまく自己最多の19犠打をマーク。

 

1997年は落合博満の加入に伴い一塁を守っていた片岡篤史が三塁へ再コンバート、その影響で出場機会が激減。

 

1998年は故障の影響もあり出場機会がなく、オフに現役引退。

 

現在はYouTuberとしても活躍している。

パワプロ2020【日本ハム】岩本勉

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再現年度・1998年

 

1998年成績

27試合 11勝8敗0S 181.2回 110奪三振 防御率4.11

 

まいど!!

 

阪南大高校→日本ハム(D2位)

 

再現年度の1998年は27試合に登板し、完投数は実に10を数えた。

 

本塁打数は26(本塁打率1.29)

 

被安打186(被打率.269)

 

上記のように打ち込まれたりはしたがこの年11勝をマーク。

 

討ち取った打者の約6割が変化球(カーブ23%、フォーク21%など)だった。

 

晩年は故障に悩まされ2005年オフに現役引退、現在は野球解説者(人気解説者3位)やYouTuber(岩本勉チャンネル)として活動している。

パワプロ2020【日本ハム】片岡篤史

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再現年度・1997年

 

同志社大学から日本ハムに入団。(1991年ドラフト2位)

 

長年日本ハム三塁手を務めるが、1994年に肘を痛めた影響もあり95年、96年は一塁手にコンバートし、96年は僅か1失策でゴールデングラブ賞

 

同年はキャリアハイの打率.315で、打撃も広角に打ち分けて外野への安打は左方向45本(中37 右32)を記録。

 

足の速い方ではなかったが、内野安打17本を数えている。

 

2ストライク時の打率は.265だったが、2-2打率.3102-3打率.338と追い込まれた際に強かった。

 

クリーンアップを打っていたが走者無しの打率.335とチャンスを作ることが多かった。

 

逆に得点圏打率.258とチャンス時には弱かった。

 

97年からは巨人から移籍してきた落合博満の影響により再び三塁へコンバート。

 

2002年には阪神に移籍し、当時手薄だった三塁のレギュラーとして活躍。

 

2006年オフに現役引退、現在は野球解説者やYouTuber(片岡篤史チャンネル)として活動している。

パワプロ2020【オリックス】加藤伸一

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再現年度・1999年

1999年成績

19試合 6勝5敗1S(1SP) 98.2回 44奪三振 防御率3.47

 

鳥取・倉吉北高校から南海に入団。

 

入団一年目は高卒新人ながら33試合 防御率2.76という活躍を見せる。

 

その後、先発投手としてダイエー、広島、オリックス近鉄と渡り歩く事になる。

 

再現年度の1999年はオリックスに入団し、4年振りのパリーグ復帰。

 

やはり故障で出遅れたものの6勝、しかも4完投・3完封・無四球完投3回を記録する。

 

打者を打ち取った球もシュート26%スライダー20%カーブ13%パーム8%と得意の変化球が大部分を占める。

 

晩年は近鉄に在籍、2004年限りで現役を引退。