1998年成績
32試合 5勝1敗1S 34回 19奪三振 被安打30(被打率.242) 防御率2.91 WHIP1.47
函館有斗高→大洋(1987年D1位)→近鉄
中根仁とトレードで移籍してきた1998年は32試合登板ながら5勝、防御率2点台と復活。
前年から与四球率が大幅に悪化(与四球率5.29)したが、ピンチを招いても押さえ込んだ。(得点圏被打率.200)
被本塁打は3本だが、この年の対日本ハム戦では小笠原道大にプロ入り初本塁打を献上している。
しかし、シーズン中盤から患った髄膜腫の影響により登録抹消。
摘出手術を受けてリハビリに励んだ結果、翌年の夏には二軍戦に出場し、一軍でも登板した。
2001年には34試合登板で見事復活、カムバック賞を受賞。(現在に至るまで、パリーグでは最後の受賞者となっている)
2002年オフに現役引退、その後は横浜球団職員や野球解説者として活動していたが2015年10月16日、転移性悪性腺腫の為逝去。(享年45)
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