中日
今シーズン初観戦です。前日まで3連敗&自身の観戦時の勝率が悪いのとで、ちょっと不安が( ;´Д`)バッテリーはスガコバのコンビ、2年振りです。結果から言うと、、、中日 0 - 2 巨人 勝:菅 野1勝 S:大 勢1S 負:梅 津1敗 本:勝ちました!!巨人側の得点は、…
1998年成績 55試合 4勝6敗5S 73.1回 36奪三振 被安打81(被打率.278 得点圏被打率.318 対左打者被打率.277) 防御率2.82 WHIP1.27 日大→中日(1991年D1位) パワナンバー:11600 41414 30893
1996年成績 49試合 8勝4敗1S 70.1回 73奪三振(奪三振率9.34) 被安打56(被打率.225 対左打者被打率.267) 防御率3.84 WHIP1.32 熊谷組→中日(1993年D4位)→ヤクルト パワナンバー:11300 51482 66085
1999年成績 52試合 2勝4敗12S 62回 65奪三振(奪三振率9.44) 被安打47(被打率.207 得点圏被打率.153 対左打者被打率.200) 防御率2.03 WHIP1.02 興南高→大洋(1986年D1位)→西武→横浜→中日 興南高→大洋(1986年D1位)→西武→横浜→中日 長髪がトレードマークの中継ぎ…
2000年成績 58試合 10勝5敗6S 80.1回 65奪三振 被安打66(被打率.232) 防御率1.90 WHIP1.17 NTT東海→中日(1998年D2位) NPB通算1002試合登板の鉄腕 再現年度の2000年は2年連続の10勝をマーク。(内1勝は最初で最後の先発での記録) 58試合登板ながら80イニングを…
1996年成績 36試合 4勝4敗14S 40.2回 42奪三振(奪三振率9.29) 被安打32(被打率.213) 防御率2.88 WHIP1.18 高知商高→大洋(1985年D1位)→中日→中信ホエールズ
2003年成績 51試合 1勝1敗1S 67回 68奪三振(奪三振率9.13) 被安打58(被打率.241) 防御率3.22 WHIP1.21 河合楽器→中日(2001年D4巡目)→広島 カットボールで打者の懐を突くピッチングが武器。 この年は飛躍し、51試合登板、防御率3点台を記録。 左打者には強く…
再現年度・1996年 愛工大名電高から中日に捕手として入団。 打撃を生かし、外野手に転向すると1995年には初の二桁本塁打、翌1996年は打率3割、39本塁打を放ち本塁打王を獲得。 1999年には本名の「山崎」から「山﨑」へ登録名を変更。 2003年1月には平井正史…
再現年度・1994年 三菱自動車川崎から中日に入団。 1992年には打撃が向上し、俊足を武器に一軍に定着。 又、外野も守る携わら、二塁や三塁を守るなどユーティリティ性も発揮。 その後はトレードで西武に入団し、代走、守備固めで活躍。 引退後は西武、日本ハ…
再現年度・2005年 亜細亜大学からドラフト5位で中日入団。 1年目から出場機会を増やし(1999年は出場機会なし)入団4年目には初の全試合出場を記録。 宮本慎也、石井琢朗の衰退もあり以降は球界を代表するショートストップになる。 引退後は巨人や侍ジャパンの…
再現年度・2003年 ヤオハンジャパンからドラフト6位で中日に入団。 入団から高い守備力と俊足で、守備固めや代走で活躍。 1998年には16盗塁を記録。 打撃も最盛期には打率3割、2桁近くのホームランも放つなど打撃も開花する。 晩年には金銭トレードで巨人に…
再現年度・1999年 1998年のドラフトでは中日を逆指名し、内野手として入団。 しかし、内野守備は不安定で、ルーキーイヤーはリーグワーストの19失策を記録。 2年目も二桁失策を喫し不安定だったものの、本格的に外野を守るようになると守備が安定、現在まで…
再現年度・1999年 愛知工大から1992年に中日に入団。 入団から途中出場、代打の機会が多かったものの、打率も低く結果を出せなかったが、1999年には打席こそ少ないものの、打率3割を記録。 代打の切り札として中日優勝に貢献した。 しかし、その後は荒木、井…
再現年度・2004年 2002年に横浜に入団。 最初は中継ぎだったが先発に転向、以降楽天に入団するまでは全て先発に専念する。 2004年10勝を挙げて中日のリーグ優勝に貢献。 打の方は全くで、連続三振(18打席)の世界記録保持者でもある。 中日に移籍してからは、…
再現年度・1993年 花園高校からドラフト1位で中日に入団、長らく中日の正捕手を務める。 強肩で、盗塁阻止率5割を2度記録。 1991年には5盗塁、翌1992年には4三塁打を放つなど、意外な走力も発揮。 パンチ力もあり、谷繁と入れ替わりで入団した横浜でも二桁本…
再現年度・1996年 高知商業高校からドラフト1位で大洋に入団。 先発から中継ぎに転向した1988年に成績が向上。 1990年からは再び先発に戻るもその後は事を起こしてしまい、大洋を退団する。 約3年後、NPBに復帰すると、中日に入団。 2001年オフに退団するま…